2020年7月7日火曜日

宗教学概論1 第1回



「宗教」と「宗教学」 


 皆さん。こんにちは。宗教学概論1を担当する、宗教学科の岡田正彦です。この授業は宗教学科の2~4年次生を対象にした必修の専門科目です。宗教学科の皆さんが専攻する「宗教学」という学問の概要を紹介するとともに、具体的な研究分野について詳しく説明します。まず、聞き慣れない概念や用語、人物名などをしっかり覚えるようにしましょう。よろしくお願いします。

 この授業の目的は、次のようなものです。

「宗教学」に関する知識と「宗教」という概念への理解を深めるとともに、経験科学としての宗教学の立場と研究分野、方法論など、宗教学という学問の全体的な輪郭を把握する。

 また、次のような講義概要を掲げています。

 宗教とはなにか、信仰とはなにか、といった課題について深く理解したうえで、宗教学という学問の成立過程の思想史的・文化史的背景について解説する。
 西洋における宗教学の学説史ばかりでなく、日本における「宗教学」の成立と展開についても詳しく言及したい。

 この授業を履修する2年次生以上の皆さんは、すでに「宗教学」について学んできました。もう、誰かに「宗教学とは、どんな学問ですか」と問われたら、すぐに答えることはできるでしょうか。あるいは、「宗教」という言葉と概念についてはいかがでしょうか。

 何となく分かっているような気はしても、なかなか上手く説明するのは難しいと思います。とくに「宗教」という言葉の定義は、しばしば「宗教の研究者の人数と同じくらい、宗教の定義がある」と揶揄されるように、明確に規定するのは容易ではありません。

 しかし、少なくとも現在の日本語で使われる「宗教」という言葉の意味は、幕末から明治期にかけて外交文書などに使用された「religion」という西洋の言葉と概念を翻訳し、当時の日本の優れた知識人たちが帝国大学で外国人講師から学んだり、欧米諸国へ留学して西洋の学問や文化を日本に導入したりするなかで、次第に日本社会に定着したものです。


「宗教」概念と「宗教学」の定義

 かつてミルチャ・エリアーデという高名な宗教学者が目指したように、人類の歴史全体を俯瞰して「宗教」の定義について考えることは、決して容易な営みではありません。この講義では、あまり背伸びをせずに、近代の日本に定着した「宗教」概念を中心にして、その背景となった「宗教学」という学問の成立と展開について学んでいきます。

 現在の日本で一般的に使われている「宗教」という言葉の意味は、主に幕末から明治期に西洋から日本にもたらされた輸入概念であり、西洋の文化圏においてもかなり新しい概念でした。そして、この新しい「宗教」概念の成立と西欧における定着の過程自体が、いわゆる「宗教学」という近代的な学問の成立と深く関わっています。仏教もキリスト教もイスラームも天理教もすべて「宗教」である、といった考え方自体が、人類の歴史のなかではかなり新しい思考法なのです。

 この授業では、まず西洋における「宗教」概念の成立過程をふり返ったうえで、この宗教概念が近代の日本社会に紹介され、定着していった過程について詳しく紹介します。この過程はそのまま、西洋における「宗教学」という学問の成立とその日本での展開過程に重なることになるでしょう。

 具体的な内容については、これからの授業のなかで詳しく述べていきます。重要な研究者の名前や彼ら・彼女らの著作、学術用語などがたくさん出てきますので、まず、これらの人々の名前や著作のタイトルなどをしっかり覚えるようにしてください。


講義の予定

 春学期の授業の予定は、以下の通りです。


 第1回にあたるこの授業では、全体の講義の流れを説明しています。
 
 次回からは、まずルネサンス以来の西洋キリスト教文明圏において、現在一般化しているような「宗教」概念がどのように成立し、社会に浸透していったのか。その歴史的経緯について説明します。

 仏教もキリスト教もイスラームも天理教も、みな等しく「宗教」であり、それぞれの教えを信じる人たちが共有する価値観は、いかなる場合にも尊重されなくてはならない、という信教自由の考え方は、じつは人間はみな肌の色や話す言語、生活習慣や文化の違いを超えてみな等しく「人間」であり、すべての人間の生命と尊厳は等しく認められなくてはならい、といった人権意識が人類に共有されていく過程と深く関わっています。

 そういう意味では、「宗教」という概念自体が、いわゆる近代的価値観近代社会の成立と切り離すことができないものなのです。この授業の前半部では、まず近代的な「宗教」概念の成立からフリードリヒ・マックス・ミュラーが「宗教学」という学問を提唱するまでの歴史過程について、詳しく学んでいきます。 

 次にマックス・ミュラーの歴史的な講義以来、150年近い時間をかけて蓄積されてきた宗教研究の主要な成果をいくつかの分野に分けて紹介します。

 19世紀から20世紀への転換期に提唱された宗教学は、同時期に登場する心理学社会学人類学などの新たな動向と連動して、客観的で実証的な宗教研究の成果を積み重ねていきます。これらの研究成果を学ぶことは、とくに将来天理教の教会長やそれに準じる立場で活動することを目指している人たちにとって、極めて有益なはずです。

 なぜなら、これらの業績の多くは、20世紀以降の時代に生きる人々にとって、神や真理といった超越的な価値を信じることに、どのような意味があるのか。もし現代の人々にとっても「宗教」は必要とされるのであれば、それはなぜなのか、といった疑問に客観的・合理的に答えてくれているからです。

 彼らの提唱した理論や研究成果を深く理解するのは簡単ではありませんが、少なくともここで紹介する研究者の名前や古典的な著作のタイトルくらいは覚えてください。そして、紹介した古典のうちでせめて1冊くらいは、手に取ってもらいたいと思います。大学は教えられる場所ではなく、自ら学ぶ場所です。私たちにできるのは、本の入り口まで皆さんを導くことですので、ぜひそこから先は自分自身の足で進んでいってください。

 さらには、西洋近代の文明圏において成立した「宗教」という概念と「宗教学」という学問が、どのようにして明治以降の日本に伝えられ、日本の近代社会の成立に関わってきたのか。この歴史的な経緯については、最後の数時間で詳しく説明します。

 「宗教」という言葉は、「社会」や「権利・義務」といった言葉と同じように、西洋から輸入された概念を翻訳するために使用された翻訳語の一つです。天理大学の宗教学科の成立の経緯とも深く関わる、日本における「宗教学」の歴史的展開について紹介します。

 例年、予測できない事柄で授業の予定が変更されることがあります。最後まで予定通りに講義を進められるかどうかは分かりませんが、少なくとも春学期の講義を通して「宗教学」という学問の基本的な枠組みについて理解してもらえるように、努力したいと思っています。

 次回は「2. 他者の発見と「宗教」という概念の成立」を予定しています。